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ウィル研のワードカフェ 第6回「自然」の翌朝考えたこと [ウィル研]

昨夜の「ワードカフェ」byウィル研、というイベント。私たちウィル研のメインの活動の一つでもあるのだけれど、毎回いろいろな言葉が話される、動的な場となっています。
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まず最初に
「自然」ってアウトドア的な感覚だったり、私(人間)と自然という対義的な捉え方をすることが多いのかもしれないけれど、実は自分という身体中に向かい合うという意味も含んでいるということなどが話されながらスタート。

自然というワードから「どのレベルで空気を読めばいいのか」「欲望に本気でアクセスする」「自然と人工を区別しない」など、世間で考えられている自然からどんどん広がっていくワードが出てきて、ワードカフェの場は、思考と感情と言葉で身体の中が満ちていく参加者の雰囲気で包まれました。

「私たちは何かの存在によって生かされている」ということもどこかに感じながら「私たちは能動的に、自分の意志で生きている」という、意志や思考をもつ高度な哺乳類としての能力も持ち合わせています。
そんな中で一人一人が本気で生きるってどういうことなのかな、と今回のワードカフェではつくづく感じました。

私の本気度ってなんだろ?
今年は年始から気持ちの上で完全冬眠だったので(今も少し継続中)、何しろ思考が戻ってこない。
冬眠中盤、焦る気持ちも出てきましたが、そんなことも先送りにしよう。怠けたっていい。
前向きな私だけが私ではないということをむき出しにして日々過ごしていましたが
そんな中でリセットされる私。こうやって純度が高いものだけ残っていくのかもしれない。
言葉が排除されて、自分という感覚だけが残る感じ。

でも啓蟄が過ぎてむくむく何かが起き上がってきているのを身体の奥で感じた時に、日本に生きる私に合った暦通りの律が刻まれているような気がして、嬉しくなりました。
日本人であるってそういうことなのかもしれません。

そして音楽はつくづく、自分の中の自然に向き合う行為であるのだと思いました。
調和、対峙、共時性・・・。面白い。

次回のウィル研・ワードカフェは夏至の頃?またお知らせいたします。

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第6回ワードカフェ「自然」に参加の皆さま


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