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2月学びの日 [考えたこととご報告]

植物はいろんなことを見せてくれています。
それに気がつくか気がつかないかだけの
受け手側の人間の感性の違い。
この植物の葉から何をみるか、ゼロに戻り次のフェーズへ向かう時に
いろんなことが起こっている。
この中にある律、音楽的にも共通するところ、
そして明らかに違うところの両方を見つける時間。

どれだけ観察できるか、できたつもりになってもまだ観察し続けることができるか
こちら側が真に問われます。

音楽でも曲をどこまで聞けるかで、発見できることの質が異なるのと同じ。

村上志緒先生 ボッケミュール「植物の形成意欲」セミナー
トトラボ 植物療法の学校にて
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2月・如月・音の律 [日々生活]

先週の連休は2日連続のライブ。

このところライブでピアノを弾いてる時、前より自分の音が繊細に聞こえるようになってきた。
自分の出している音、今までだってもちろん聞いていたし、聞こえてきていた。
でも、最近は音を出した瞬間、その音の情報を受け取って身体が反応する、みたいな感じ。
一方で一緒に音を出している人たち(バンド等)のその音の情報量があまりにも多くて
うわって思ったり、受け取ってから反応するまでがもっと早くなってくれて、
しかも音が先まで見えればーこうするのにと考える間にどんどん曲は進む。

さすが時間芸術の音楽。時間は止まってくれないのと同じで音楽も止まってくれない。
相変わらず音楽は気持ちいいけれど、自分を簡単にいい気持ちにさせない。

この四年ほど小さな合唱部をやっている。
ただただ音楽が好きだとか、みんなと歌ってみたいだとか、
この場が楽しいだとかその人なりの理由で集まってくれている。

音楽って人にとって一体どんな存在なんだろう。
私は自分が演奏者なので、音を出すということは当たり前だと思ってきたけれど、
ある人に「あなたは小さい頃からピアノを弾いて、
しかもそれを周りの人が(環境として)認めてきたから
音楽をやることは当たり前と思っているかもしれないけれど
わりと多くの人は本当は歌ってみたい、楽器を弾いてみたい、
でも音楽の授業で先生に言われたことがひっかかっていたり、壁があったり、
音楽の演奏そのものが遠い世界のものって思っているんじゃないか?」って言われた。

音楽が好きだからやる、有名になりたい、人前で音楽したい、人に聞いてほしい、
そんな理由も人によって音楽をやるモチベーションになる。

それとはまた別に、音楽を手段じゃなくて目的にするとどうなるかってこと。
音楽を目的ってどんなことなのかまだよくわかっていないのかもしれないけれど
音楽に自然の律が含まれているとするならば、それが目的になるってことも充分ありえる。
生物が子孫を残すために、たとえばその時期が来たら花を咲かせて種を作ることが普通であるなら
そんなことが音楽の中にあるのかな、とも。

自分という身体が、心が、もしかしたら魂があるのならば
それが音楽になったらどうなるんだろう。
それは音楽そのものを観察し、観察し、観察することでわかっていくことかもしれない。
(この場合の観察は音楽をよく聴くこと。そして考えて音を出すこと)
音楽聞いてるだけでシアワセー。それで十分なんだけどね、元々は。

2月は新月が過ぎ、雨水を過ぎ、新しい季節に近づいていく。

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2018年2,3月のライブ [ワタクシのライブ・セミナー・リリースインフォ]

○Lakeside Struttin' Band LIVE R&B/FUNK/JAZZ
出 演:タイロン 橋本(Vocal.Guitar) ロミー 木ノ下(Electric Bass) 包国 充(Sax.Flute) 臼田 ミホ(Electric Piano)

★2018年2月11日(日)19:30~/21:00~
吉祥寺 SOMETIME 東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目1−11−31
ミュージックチャージ:¥2,000
ご予約・お問い合わせ:042-221-6336

★2018年3月24日(土)Open:18:00 / start 19:00 "包国充 Birthday Live"
成瀬 CROP 東京都町田市小川2-28-13 JR横浜線 成瀬駅南口徒歩6分 
ミュージックチャージ:¥2,500
ご予約・お問い合わせ:042-799-7551(営業時間18-26時)

○TRINITY STRUT(トリニティ・ストラット)R&B/FUNK/JAZZ
出 演:ロミー 木ノ下(Electric Bass)  タイロン 橋本(Vocal.Guitar)  臼田 ミホ(Electric Piano)

★2018年2月12日(月)Rab「ラヴ」~ TOKYO Synthesis ART FESTA ~
19〜ライブ出演

場所: 原宿SPACE 東京都神宮前1-9-12-B1
http://www.80seyes.com/
前売り¥2000 entrance(free food / music.charge含)
当日  ¥ 2500
チケット窓口 ※目黒 青猫 03-3711-0612 OKOZE 03-5708-5250

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節分と豆と冬の最後 [日々生活]

昨年末できなかった畳替えを何としても立春までに、と決め
家を片づけてなんとか間に合わせた。
(下見に来た畳屋さんが部屋から玄関までの通路に
あまりに物が置いてあるのを見かねて
「申し訳有りませんが畳が通れないので
それだけ片づけていただけますか?」
と言われたくらいの「家が倉庫状態」を無理やり片づけ
当日畳屋さんが感動したくらい(苦笑))
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そして昼間に時間ができたので目黒不動尊の節分祭に寄ってみることに。
3年前に初めてお寺の節分祭に行き、その雰囲気にワクワク!
その時に撒かれる豆(三角の袋の中に豆がいく粒か入っているもの)を
もらう、つまり撒いた豆がこちらにちょうどいい感じで飛んでくるというのは
結構な確率の低さだ。「多分豆をもらえるのはここにいる半分以下の人かー」
と思いその時はもういただけないかも、と思って「届かないよー」と心で言ってみたら
横にポトンと落ち、その後に手のひらにストンと手のひらに入った。
その年はそのストン、の感覚がずっと身体に残っていた。

そして、今年。
「天に花咲け、地に実なれ。福は内、福は内、鬼は外」と唱えた後に
始まった。
ご年配の方たちが撒いているせいもあるのか、遠いところにほとんど飛んでこない。
前の方に豆が落ちていく。
後ろにいる方たちは「もっと若い人にも撒いてもらわないと飛んでこないわよー」と
笑いながら言っている。
私も、これは無理だなーと思っていたけど、妙に気持ちが高揚するし
豆を撒かれているんだから、こちら側が鬼か?とか思いながらいたら
ポーンと遠くに投げられた3個ほどの豆。
無意識に斜め上に手を伸ばしたらポンと手のひらに当たり、手を瞬間的に閉じた。
なんかその手に入った瞬間の感覚が、あまりにも自然でびっくり。
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実はお寺に着いた時には複数の豆をもらえたらあの人にも、あの人にもあげたいって
思っていたけれど
その手に入った瞬間に「まず自分」という言葉が響く。

そうか、自分か。

そして、豆まき隊退場。
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他の人分はお寺で買った。ご祝儀(?)みたいなもの。
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帰りながら
いただくっていうのはもっと自然なことで
何かを取りにいくのとは違うこと。

そして自分の意思ではいただけないということ。
なんか妙にありがたくなった。福豆ということよりも
その偶然に、というか言葉が頭に浮かんだことも含めて。

私は特定の宗教を持つわけではないけれど
宗教を持つことが、その宗教の神に感謝することにつながるのであれば
それは人間を豊かにするのかもしれない、と宗教の存在の意味を感じた。

じゃあ感謝ってなんなの?って考えると
全てが当たり前ではないということに気づかせてもらう瞬間、みたいなこと。
おかげさまで、みたいなこと。

いつかわかるかな、感謝の肝。

で、帰りににゃんこがいい感じでゆるんでた。
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もうチューリップが出てきている。
節分は冬の最後。明日は立春。
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